ともかずの文系マガジン

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なぜ人は“なんとなく不安”になるのか

 

今回は不安について考えていきたい

私達は、何か目的を持っている時に不安になるものです。例えば試験に向けて、勉強をする学生は、成績のことを考えて懸命に勉強することでしょう。

何故ならば、その成績が後に彼の運命を決めるからです。そうした先のことを考える。予測するから、私達は不安になる。つまり未来形で生きているから、不安になるのです。

そうしたif節によって、私達の殆どは苦しんでいます。では、現在を生きれば良い。そう思うかもしれません。

しかし、人は生きている以上、常に未来のことを考えています。

 

そこで、未来は起こることなのだから、なんとかなるから心配する必要はないと思うとどうでしょう。少し変わりませんか。

変わりませんよね。

人の心は、言葉によって直ぐに変わったりはしません。何故ならば、私達はランダムに経験した無数の出来事によって、生きているからです。

そこにピンポイントで当てはまる解なんて、ないのだと思います。ですので、習慣にしてみることを考えてみましょう。

 

何かをじっとやり続ける。ドラクエの職業のように、極めていけばゴットハンド、いや、勇者にもなれるかもしれない。

しかし、一つのことをやれるように、人はできていないのもまた事実なのです。ですから、今後どうするかは、皆さんの自由なのです。

私には提案しかできません

私のこうした提案の積み重ねが、皆さんの心に届くかもしれない。こうして疲れ切っていて、もう何を打ち込んでいるのかわからない、私のメンタルを改善させてくれるかもしれない。

生き方は自由。でも人はその生き方にアドバイスをしてくれる人を、求めています。人は寂しがり屋です。私だって友達がいないから、寂しい日々を過ごしています。

だから、誰かに病院の先生などに、生活習慣を改善しましょう。そんな事を言われるだけで、人を感じることができるのです。

試験勉強を頑張る学生

試験勉強を頑張る学生も、実は同じなのかもしれません。先生に見捨てられたくないから。友達と、離れたくないから。

そんな切ない思い出、頑張っているのかもしれません。これは昔の私です。私はある時点で、どうでも良くなりました。

何故ならば、人の背中を追う人生よりも、自分の足元を見て、一歩ずつ歩く人生のほうが美しい。

そう思うようになったからです。

私にとっての師匠。それは高校の先輩だ。彼が私に教えてくれた「気にしなくて良いよ、俺はそんなんでお前を見捨てたりはしない。」

それから私は、自分のやりたいことを学ぶようになりました。

 

文系の書物を学ぶようになりました。本当にやりたかったこと。私は理系の大学に入りました。しかし授業は全くおもしろくなかった。けれども英語や文学の授業は好きだった。

私のやりたいこと。それは創作なのだと思った。初めは本当に下手くそな文章を書いていた。太宰治を真似して、恥ずかしい文章を書いていた。

けれども、違うのだ。あの時は知識を学ぶ期間。そうして今はこれまで経験してきたことを、書いていく時期なのだと思う。

私のような下手くそな文章でも読んでくれる人がいる。それだけで、私は頑張ることができる。

 

浪漫。よくこの単語と出会ってきた。そう。太宰治だ。私は太宰治より漱石のほうが好きだ。漱石より芥川。芥川より井上靖。井上靖より川端康成が好きだ。

そんな人生にとって、なんの役にも立たないことが、私は本当に好きなのだ。私は今後出世することはないと思う。

 

 

でも、私はそんな中でも、大きな事をしていると密かに思っている。他の人が聞いたら笑うかもしれない。多分相手にもされないと思う。それでも、私は文学、ビジネス、社会学、宗教の話が好きだ。

変な組み合わせかもしれない。それでも、私にとって大切なこと。誰だって、一つや二つ、大切なことがある。

私にとっては、文系と語学を学ぶこと。そうして書くこと。ゲームをすることが大切な時間だ。

 

後、仕事をすることも大切な時間だ。仕事をしないと、こうして書くこともできない。文系の科目を勉強することもできない。図書館に行こう。最近私が思っていることだ。図書館には全てがある。

もちろん、図書館では見られない高価な本もある。けれども私にはお金がない。だから自分の手の届く範囲で楽しんでいきたいと、思っている。